「デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か」(伊藤亜聖著)を読みました
「デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か」(伊藤亜聖著)を読みました
著者は中国経済を専門とされており、中国企業の新事業創出を調査・研究されています。中国から、インド、東南アジア、アフリカなどの新興国のデジタル化についての調査・研究へ展開されました。中国、東南アジアのスーパーアプリの発展と保護政策、インド、東南アジア、アフリカなどのリープフロッグによるデジタル化と工業で発展した国との差などに注目されています。
新興国でスーパーアプリの発展があったとしても、米国による通信ネットワーク、サーバ、OSなどの基礎的・中間的な階層の専有がされています。ファーウェイによる5G導入の展開もこの階層についての米中対決と見ることができそうです。また、デジタル化を進めるためには、人材面ではIT人材の育成、インフラ面では通信インフラ、金融面では急速な成長を目指すベンチャー企業育成のための支援も必要になるとします。工業化で必要となる仕組みとは異なりますし、また、新興国でもこのような仕組み(「デジタル化の社会的能力」)を備える必要があるとします。工業で発展した国はいままでのノウハウが使えないですし、新興国であれば、どの国でもデジタル化のチャンスがあるわけではないことになります。
また、雇用創出の面からすると、IT人材はデジタル化が拡がっても雇用にはそれほど期待できないとします。むしろ、ウーバー・イーツの配達スタッフのような特殊な技能を求められない人材(「ラスト・ワンマイル人材」)が主流になる可能性が高いとし、デジタル化の課題とします。
翻って日本ですが・・・。デジタル化の基礎的・中間的な階層を握ってもおらず、アプリの階層においてもスーパーアプリといえそうなのはせいぜいLINEぐらい(それすらも「日本の」とは言えない)。読み進めるほどに、デジタル化を消費できても、それを創出・制作、それから利益を得ること(ソフトバンクによる投資のリターンぐらい?)は難しくなっていると考えざるを得ない感じです(だからこそ、EUは米国発のプラットフォームへの規制という保護政策をとるのでしょう)。工業国として発展してきた日本は産業全体として「イノベーションのジレンマ」にはまってしまっているようです。
新興国におけるスーパーアプリによる監視社会の可能性に対して、日本の役割があるという言及がありましたが・・・。
著者は中国経済を専門とされており、中国企業の新事業創出を調査・研究されています。中国から、インド、東南アジア、アフリカなどの新興国のデジタル化についての調査・研究へ展開されました。中国、東南アジアのスーパーアプリの発展と保護政策、インド、東南アジア、アフリカなどのリープフロッグによるデジタル化と工業で発展した国との差などに注目されています。
新興国でスーパーアプリの発展があったとしても、米国による通信ネットワーク、サーバ、OSなどの基礎的・中間的な階層の専有がされています。ファーウェイによる5G導入の展開もこの階層についての米中対決と見ることができそうです。また、デジタル化を進めるためには、人材面ではIT人材の育成、インフラ面では通信インフラ、金融面では急速な成長を目指すベンチャー企業育成のための支援も必要になるとします。工業化で必要となる仕組みとは異なりますし、また、新興国でもこのような仕組み(「デジタル化の社会的能力」)を備える必要があるとします。工業で発展した国はいままでのノウハウが使えないですし、新興国であれば、どの国でもデジタル化のチャンスがあるわけではないことになります。
また、雇用創出の面からすると、IT人材はデジタル化が拡がっても雇用にはそれほど期待できないとします。むしろ、ウーバー・イーツの配達スタッフのような特殊な技能を求められない人材(「ラスト・ワンマイル人材」)が主流になる可能性が高いとし、デジタル化の課題とします。
翻って日本ですが・・・。デジタル化の基礎的・中間的な階層を握ってもおらず、アプリの階層においてもスーパーアプリといえそうなのはせいぜいLINEぐらい(それすらも「日本の」とは言えない)。読み進めるほどに、デジタル化を消費できても、それを創出・制作、それから利益を得ること(ソフトバンクによる投資のリターンぐらい?)は難しくなっていると考えざるを得ない感じです(だからこそ、EUは米国発のプラットフォームへの規制という保護政策をとるのでしょう)。工業国として発展してきた日本は産業全体として「イノベーションのジレンマ」にはまってしまっているようです。
新興国におけるスーパーアプリによる監視社会の可能性に対して、日本の役割があるという言及がありましたが・・・。
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